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一条響さんは、歌舞伎町を代表する元No.1キャバ嬢です。
バースデーイベント3日間で1億3000万円を売り上げた「億女」として知られ、2024年9月30日に12年のキャバ嬢人生に幕を下ろしました。
気になるのはその本名。長らく謎に包まれていましたが、2019年にオープンしたマツエクサロンの商標登録をきっかけに、竹内眞佑子(たけうちまゆこ)という本名が業界内外で広まっています。
この記事では、一条響さんの本名が確定した3つの証拠から、源氏名「一条響」の由来、驚異的な年収や12年にわたるキャバ嬢としての経歴まで詳しく解説します。
記事のポイント
①:本名・竹内眞佑子はマツエクサロンの商標登録で確定
②:源氏名「一条響」は上司が付けた名前で夜職界の人気ジンクス付き
③:暇つぶしで始めたキャバが年収10億円超えの億女に成長
④:2024年9月にキャバ嬢引退後も実業家として活躍継続中
一条響の本名・竹内眞佑子が確定した根拠と判明の経緯
- 竹内眞佑子という本名が初めて噂された背景
- Facebookアカウントが本名判明のきっかけに
- マツエクサロンの商標登録で本名・竹内眞佑子が確定
- 雑誌JELLYのブロガーモデルとしての活動歴
- 整形を公言しているから昔の顔と別人に見える
- ひびたんと呼ばれる愛称と源氏名一条響の由来
竹内眞佑子という本名が初めて噂された背景
一条響さんのプロフィールはこちらです。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 源氏名 | 一条響(いちじょうひびき) |
| 本名 | 竹内眞佑子(たけうちまゆこ) |
| 生年月日 | 1992年9月9日 |
| 2026年03月10日現在の年齢 | 33歳 |
| 血液型 | AB型 |
| 身長 | 161.5cm |
| 体重 | 38kg |
| 出身地 | 福岡県(SNSの投稿から有力) |
| 愛称 | ひびこ、ひびたん |
| 趣味 | ゲーム |
| 最終在籍店舗 | 歌舞伎町FOURTY FIVE(フォーティーファイブ) |
| 著書 | 「億女売上モンスターキャバ嬢一条響のつくりかた」ほか |
一条響さんの本名については、長い間「不明」とされてきました。
キャバ嬢は本名を伏せるのが当然の世界。源氏名で活動する一条響さんも、友人や先輩からは「響」「ひびこ」と呼ばれており、プライベートでの本名が表に出ることはほとんどありませんでした。
ところが、あるときネット上で「一条響の本名は竹内眞佑子ではないか?」という噂が広まり始めます。
きっかけのひとつになったのが、当時活動していたモデルとしての経歴でした。
「竹内眞佑子」という名前で女性ファッション雑誌「JELLY」のブロガーモデルとして活動していた人物の写真が、一条響さんと同一人物ではないかと指摘されるようになったのです。
もっとも、当初はメイクの変化や整形によって印象が変わっているため「別人では?」とも言われており、断定には至りませんでした。
ただ、目元の雰囲気や笑ったときの表情の似通りが根拠として挙げられ、「竹内眞佑子=一条響」説を支持する声は年々増えていきます。
こうして本名を巡る噂が飛び交うなか、決定的な証拠が次々と出てくることになるのです。
なお、一条響さん自身は本名を公表しておらず、2026年3月現在も「一条響」という源氏名で活動を続けています。
ここ、気になりますよね。「本名が確定」とはどういうことなのか、具体的な根拠をひとつずつ見ていきましょう。
ちなみに、キャバ嬢が本名を伏せる理由は単純なプライバシー保護だけではありません。
顧客に本名を知られることでプライベートな生活を侵食されるリスクや、引退後の一般社会への復帰を妨げる可能性もあるため、水商売の世界では本名は厳重に管理される情報です。
だからこそ一条響という源氏名は、「一条響」というブランドとして独立して機能し、本名・竹内眞佑子との切り分けが長年続いてきたわけです。
Facebookアカウントが本名判明のきっかけに
本名が「竹内眞佑子」であるという説の最初の根拠になったのが、Facebookのアカウントです。
「竹内眞佑子」という名前でFacebook検索をすると、一条響さんに雰囲気が似た女性のアカウントが見つかります。
そのアカウントの中身をよく見てみると、一条響さんがかつて在籍していたキャバクラ「CELUX(セリュックス)」の名前が登場していたのです。
セリュックスは歌舞伎町の有名店で、一条響さんが2014年から約2年間在籍していたお店。
さらに決定的だったのが、そのFacebookアカウントから「一条響」の源氏名でバースデーイベントの告知が行われていたことです。
つまり「竹内眞佑子」名義のFacebookが「一条響のバースデー」を告知していた、ということ。
これは本人のアカウントでなければ説明がつかない行動ですよね。
もちろん第三者が管理している可能性はゼロではありませんが、当時のセリュックスに関する情報が含まれていたこと、そして源氏名でのバースデー告知という組み合わせは、「竹内眞佑子=一条響」の信憑性を大きく高めるものでした。
このFacebook情報が拡散されてから、業界内外で「一条響の本名は竹内眞佑子」という認識が一気に広まっていきます。
ただ、Facebookのアカウント情報だけでは「本人のアカウントである証拠にはならない」という指摘も根強くありました。
そこへ追い打ちをかけるように、もうひとつの決定的な証拠が登場します。
それが、マツエクサロン開業にまつわる商標登録の情報でした。
Facebookから見えた本名の信憑性まとめ
竹内眞佑子名義のFacebookは、以下の点で信憑性が高いとされています。
まず、アカウントが止まっているタイミングがセリュックス時代の頃と一致していること。
次に、一条響さんの本人写真がそのアカウントにアップロードされていたこと。
そして、源氏名でのバースデー告知を本名アカウントで行っていたことの3点が、業界内で広く語られるようになりました。
これだけの状況証拠が重なれば、「別人」と言い切ることのほうが難しいですよね。
マツエクサロンの商標登録で本名・竹内眞佑子が確定
Facebookの情報で噂が広まるなか、2019年にほぼ確定的な証拠が浮上します。
一条響さんが同年オープンさせたマツエクサロン「Eye Sound(アイサウンド)」の商標登録情報がそれです。
特許情報プラットフォームで確認できる商標登録データに、申請者名として「竹内眞佑子」という名前が記載されていたのです。
商標登録は法的手続きであり、当然ながら本名での申請が必要です。
Eye Soundは一条響さんが立ち上げた実業家としての最初のビジネスで、当時から本人が積極的にSNSで宣伝していました。
その Eye Sound の商標申請者が「竹内眞佑子」であることが確認されたとき、業界内では「これで確定だ」という空気になります。
時期・事業内容・業種区分のすべてが一条響さんとの関連を示しており、「偶然の一致」では説明がつかないレベルの一致でした。
それまで「可能性が高い」にとどまっていた本名情報が、この商標登録によって「確定」として広く認識されるようになったのです。
一条響さんは本名を公式プロフィールに記載していませんが、公的な記録に残る商標登録という形で、本名が竹内眞佑子であることが事実上明らかになりました。
商標登録での確定が持つ意味
本名判明の手掛かりとして、商標登録が最も信頼性が高いとされる理由は明確です。
個人の事業登録や商標出願は公的機関への申請行為であり、虚偽の氏名を使用することはできません。
つまり商標登録者欄に「竹内眞佑子」と書かれているということは、その人物の法的な本名がそうである、ということを意味します。
その登録がEye Soundの開業タイミングと完全に一致し、かつ申請区分も美容関連であることから、一条響さんの本名が竹内眞佑子であることはほぼ間違いないといえるでしょう。
もちろん一条響さん本人から「私の本名は竹内眞佑子です」という明言はなく、公式プロフィールにも記載はありません。
しかし、複数の状況証拠と公的記録が重なるこの情報は、業界の中でも「事実」として受け止められています。
雑誌JELLYのブロガーモデルとしての活動歴
本名「竹内眞佑子」という情報のもうひとつの手掛かりが、モデルとしての活動歴です。
一条響さんは、かつて女性ファッション雑誌「JELLY」のブロガーモデルとして「竹内眞佑子」名義で活動していました。
JELLYはギャル系ファッションを特集するヤングレディース向け雑誌で、読者モデルを積極的に起用していた媒体です。
当時の写真と現在の一条響さんを比較すると、見た目の印象はかなり異なります。
かつての写真では、ギャルらしい濃いめのメイクと丸みを帯びた柔らかい顔立ちが特徴的でした。
一方で現在の一条響さんはシャープなフェイスライン、高く通った鼻筋、整った目元と、全体的に洗練された印象に変化しています。
この変化について、一条響さんは整形を自らテレビ番組で公言しており、「目の左右差を整えた」「鼻を高くした」「歯を全部セラミックに替えた」と語っています。
整形によって大きく印象が変わっているため、当初は「別人では?」と疑う声もありましたが、笑ったときの目元の雰囲気や口元のほくろなど、細部に共通点を見出すファンも多くいました。
また、年齢・趣味・愛犬の存在など複数の共通点も同一人物説を後押しし、業界内では「竹内眞佑子がキャバ嬢として一条響になった」というストーリーが広く知られるようになっています。
モデル活動から夜の世界へ、そして日本一のキャバ嬢へ。竹内眞佑子さんの歩みは、なかなかドラマチックですよね。
JELLYのブロガーモデルとして活動していた竹内眞佑子さんは、当時ギャルカルチャーど真ん中の雰囲気を漂わせていました。
キャバ嬢として本格的に稼ぎ始め、徐々にお金が生まれ、整形や美容医療を重ねていくなかで現在の「一条響」のビジュアルが完成していったと見られています。
雑誌モデルからキャバ嬢へ、そして億女へ。この変化のプロセスがリアルに記録として残っているのが、一条響さんという人物の面白いところです。
外見はがらりと変わっても、根本にある「自分を商品として磨き続ける」という意識は、モデル時代から一貫していたのかもしれません。
整形を公言しているから昔の顔と別人に見える
一条響さんの本名判明に関連してよく話題になるのが、「昔と顔が全然違う」という点です。
2018年12月7日放送のテレビ東京「じっくり聞いタロウ〜スター近況(秘)報告〜」で、一条響さんは自ら整形について詳しく語っています。
「目は左右差を整えて、鼻は高くした。歯も全部替えた」と、放送の場でオープンに告白した内容は大きな反響を呼びました。
整形箇所としては、目(左右差の修正)・鼻(高さのアップ)・歯(全セラミック)が公表されているほか、おでこへの脂肪注入・唇や涙袋へのヒアルロン酸注射なども行っているとされています。
さらに2024年には韓国の美容外科クリニックで鼻の修正手術を受けており、「new鼻」として自らSNSに投稿するほどの情報公開ぶりです。
一条響さんが整形を隠さない理由について、本人は「キャバ嬢は自分が商品。価値を上げるための自己投資は当然」というスタンスを取っています。
実際、外見への投資を惜しまないプロ意識は業界内でも高く評価されており、「お金がかかりそうな女」と思わせることが売れっ子キャバ嬢の条件だと持論を語ってきました。
整形を包み隠さず公言するオープンさが、かえってファンから「正直で好感が持てる」と支持を集めているのも、一条響さんらしいところですよね。
美容施術を重ねて変化し続ける外見と、本名「竹内眞佑子」という素の姿。その落差がまた一条響さんというキャラクターに深みを与えているともいえます。
整形に対してネガティブな声を寄せるファンもいますが、一条響さん自身は「自分が気に入っているかどうかが大事」というスタンスで、外野の批判は意に介しません。
「前の顔の方が良かった」というコメントに対しても、「クソコメは自己肯定感が下がるからやめてね」とX(旧Twitter)で率直に発信しており、ネガティブな意見をそのまま受け流さないサバサバとした性格が伝わってきます。
美容に対する探求心は引退後も衰えることなく、2024年以降も韓国クリニックで施術を重ね、美の追求を続けているようです。
ひびたんと呼ばれる愛称と源氏名一条響の由来
一条響という源氏名には、面白い由来があります。
一条響さんが最初にキャバ嬢として働き始めた店では、「一ノ瀬響」という源氏名を名乗っていました。
ところが2店舗目に移籍したタイミングで、同じお店に「響」という名前のキャストがすでにいることが判明します。
そこでお店の上司が「じゃあ一条でいいや」と、特に深い意味もなく名字を変えた名刺を作って手渡した、というのが「一条響」の始まりです。
ところがこの「一条(いちじょう)」という源氏名、夜の業界では「人気No.1になれる」ジンクスがあるとされる縁起のいい名前として知られているのです。
「一(いち)」という文字が一番を連想させることから、キャバ嬢・ホスト界でも「一条」という名前を使う人気キャストは多く、実際に一条葵さん(歌舞伎町の伝説のキャバ嬢)や一条ヒカルさん(歌舞伎町のカリスマホスト)など、この名前を持つトップクラスのキャストが複数います。
まさに名は体を表す、ということでしょうか。
「一条響」という名前を付けてもらった一条響さんは、後に歌舞伎町No.1のキャバ嬢に登りつめ、このジンクス通りの結果を出すことになります。
愛称の「ひびこ」「ひびたん」は、源氏名の「響(ひびき)」からきたもの。
友人やお客さんたちがくだけた形で呼び始め、自然と定着した呼び名です。
現在でもSNSやファンの間では「ひびたん」という愛称が広く使われており、インスタグラムのハッシュタグでも「ひびたん」で多数の投稿が見つかります。
偶然付けられた名前がジンクス通りにNo.1へと導いた、というエピソードは何だかロマンがありますよね。
また「響(ひびき)」という名前自体、人の耳に残りやすく印象的な響きで、接客業でお客さんに名前を覚えてもらいやすいという意味でも優れた名前だといえます。
キャバ嬢において名前は立派な「営業ツール」のひとつ。
一条・響というこの二文字の組み合わせが、一条響さんのブランド力を高める大きな要素のひとつになっていたことは間違いありません。
本名の竹内眞佑子さんが「一条響」という名前で12年間業界の頂点に君臨できたのは、偶然の産物とはいえこの名前との相性が抜群だったからかもしれません。
一条響の本名・竹内眞佑子から辿る12年のキャバ嬢人生
- 出身地は福岡県?大学中退の可能性も
- 暇つぶしで始めたキャバ嬢が本気になった転機
- 六本木から歌舞伎町へ移籍ごとに看板嬢となった経歴
- 年収10億円超え!歌舞伎町の億女と呼ばれた理由
- 愛沢えみりとの絆とフォーティーファイブへの移籍
- 引退発表と12年間のキャバ嬢人生の幕引き
出身地は福岡県?大学中退の可能性も
一条響さんの出身地は公式には公表されていません。
ただ、長年にわたるファンの調査とSNSの投稿から、出身地は福岡県が有力とされています。
根拠として挙げられているのは、SNSの書き込みの中に福岡ゆかりの内容が複数見られること、緊張したときに博多弁が出てしまうというエピソード、そして地元の友人とのやり取りが垣間見える投稿の内容です。
業界内でも「一条響は福岡出身」という認識が浸透しており、公表こそしていないものの、ほぼ確定視されている状況です。
福岡は美男美女が多いことで知られる都市で、天神・中洲など夜の街の文化も盛んな地域。
そうした環境で育ったことが、一条響さんの独特の感性や接客力のベースになっているともいわれています。
また、一条響さんは過去にX(旧Twitter)で「大学に行きたくないけど辞めたくない、大学生はブランドだし武器になる」という内容の投稿をしていたことが知られています。
「辞めたくない」という表現は大学に通っていることを示しており、大学進学のタイミングで上京し、在学中にキャバ嬢を始めたと考えられています。
19歳でキャバ嬢デビューしていることから、上京後まもなく夜の世界に入った可能性が高く、その後本格的にキャバ嬢の仕事にのめり込んでいくなかで大学を中退した可能性も指摘されています。
学歴や最終学校名については明かされていないため、真相は本人のみが知るところです。
地方から上京して夜の世界で日本一になった、というサクセスストーリーは多くの女性の共感を呼んでいます。
なお一条響さんの幼少期については、自身のYouTube出演時のエピソードがいくつか知られています。
不思議な感性を持つ子どもで、鳥に話しかけたりするような少し変わった子だったと語っています。
また、13〜14年間クラシックバレエを本格的に習っていたことも公表されており、当時の夢は「バレリーナ」でした。
長年バレエを続けたことで培われたしなやかな体幹と姿勢の良さが、現在の一条響さんのモデル顔負けのスタイルに繋がっているともいわれています。
暇つぶしで始めたキャバ嬢が本気になった転機
一条響さんがキャバ嬢を始めたきっかけは、意外にも「暇だったから」というシンプルな理由でした。
周りの友達にキャバ嬢をしている子が多く、誘われたのをきっかけに19歳で六本木のキャバクラ「舞人(マイト)」でデビューします。
最初は月に2回程度しか出勤せず、給与明細すら見たことがないほどお小遣い稼ぎ感覚の軽い気持ちでした。
HPに顔出しもせず、周りにキャバ嬢をしていることを言ってもいなかったというから、当時のヤル気のなさがうかがえます。
しかしそんな一条響さんが本気になる転機が訪れます。
太客だったお客さんが突然切れてしまい、「これはまずい」と初めて危機感を覚えたのです。
それからまともに出勤するようになると、あっという間に指名が増え始め、仕事の面白さを感じるようになっていきます。
そして2012年、六本木のキャバクラ「ビゼ」への移籍後に開催された「ドリームガールズ」というイベントで、人生が大きく動きます。
ドリームガールズとはキャバクラ最大手「インソーグループ」が開催する賞レースイベントで、指名・売上・同伴・チームの4部門で競います。
一条響さんは移籍後わずか半年でこのイベントに参加し、ビゼで1位を獲得するだけでなく、東日本エリア全体でも1位に輝くという快挙を成し遂げました。
もともと負けず嫌いな性格だった一条響さんは、このイベントを機に「キャバ嬢という仕事を本気でやろう」と決意します。
「暇だから始めた」が「これが天職かもしれない」に変わった瞬間で、ここから12年に及ぶ輝かしいキャバ嬢人生がスタートするのです。
当時の一条響さんは「誰にも負けたくない」という気持ちが一気に燃え上がり、「剣山」というあだ名がつくほど殺気立っていたというエピソードも残っています。
もともとネガティブな発言を一切しないプラス思考な性格の一条響さんですが、ライバルに対しては「自分との戦い」というスタンスを取り、全国のキャバ嬢を相手に常に自分を高め続ける姿勢を貫きました。
この「本気スイッチ」が入った2012年以降、一条響さんの快進撃が始まります。
六本木から歌舞伎町へ移籍ごとに看板嬢となった経歴
一条響さんの在籍歴と主な実績はこちらです。
| 年 | 店舗 | 主な実績 |
|---|---|---|
| 2010年 | 六本木「舞人(マイト)」 | キャバクラデビュー。約1年半在籍 |
| 2012年 | 六本木「ビゼ」 | ドリームガールズ新人枠・東日本エリア1位 |
| 2014年 | 歌舞伎町「セリュックス」 | 入店1週間で看板嬢に昇格 |
| 2016年 | 歌舞伎町「ディアレスト」 | 安定したトップ売上をキープ |
| 2017年 | 歌舞伎町「フォーティーファイブ」 | 入店2週間で売上3000万円を記録 |
| 2019年 | マツエクサロン「Eye Sound」 | オーナー兼経営者として開業 |
| 2024年 | フォーティーファイブ | 9月30日にキャバ嬢引退 |
一条響さんのキャバ嬢経歴で特筆すべきは、移籍するたびに短期間でトップに立ち続けた点です。
ビゼで半年以内に東日本1位を取ると、次の歌舞伎町「セリュックス」では入店1週間でお店の看板嬢になるという驚異的なスピードで結果を出します。
「有名な子が来た」「売上がすごいらしい」という噂が先に広まり、仕事に行きづらくなったこともあったという一条響さん。
しかし負けず嫌いの性格でへこたれることなく、目の前の仕事に集中して結果を出し続けました。
歌舞伎町「フォーティーファイブ」への移籍後は、入店からわずか2週間で3000万円の売上を記録。
その後もナンバーワンの座を守り続け、殿堂入りを果たした後はキャスト兼ディレクターとして後輩の育成にも尽力しました。
移籍するたびに「1週間で看板嬢」「2週間で3000万円」というエピソードが生まれていくのは、まさに怪物的な営業センスの証といえます。
一条響さんがNo.1を取り続けられた理由として本人が語っているのが「お客さんへの真剣な思い」です。
お酒が入っていない席であえて「私はずっとナンバーワンでいたい。応援してほしい」とお客さんに伝え続けたことで、「一条響をNo.1にしなければ」という気持ちをお客さんの中に芽生えさせることに成功したといいます。
また、お客さんが自分に使えるお金を増やすために、家計の無駄を洗い出して節約した分をキャバクラに回してもらうという独自の作戦も実践していたほど、徹底したプロ意識の持ち主でした。
年収10億円超え!歌舞伎町の億女と呼ばれた理由
一条響さんが「歌舞伎町の億女」と呼ばれるのには、文字通り億単位の売上と収入がその背景にあります。
まず驚くべきは、何のイベントもない通常の出勤日でも1日で数千万円〜4000万円を売り上げるという現実です。
バースデーイベントではシャンパンタワーだけで1億円を超えた年もあり、3日間のバースデー期間で合計1億3000万円という記録も残しています。
最高月収について、一条響さんは愛沢えみりさんのYouTubeチャンネルで「億弱」と答えており、しかも「それが私にとっての平均」と語っていました。
単純計算すれば年間10億円以上の収入になりますが、実際には月によって変動するため、安定的に10〜20億円前後を稼いでいると推測されています。
キャバ嬢としての売上だけではありません。
マツエクサロン「Eye Sound」の年商は4000万円、まつ毛美容液やサプリメント・カラコンのプロデュース、モデル業など、多方面でビジネスを展開しており、トータルの収入規模はさらに大きなものになっています。
「お金がかかりそうな女」と思われることが最高の褒め言葉だという一条響さんは、ハイブランドのバッグや時計に自ら投資し続け、自分の価値を高める努力を惜しみませんでした。
「自分は商品だ」という意識のもと、自己投資を怠らない姿勢が億女としての地位を確立したともいえます。
ちなみに一般的なキャバ嬢の平均年収は300〜600万円程度。一条響さんの稼ぎがいかに次元の違うものかがわかりますよね。
稼いだお金の使い方も「億女」らしく大胆で、時計に3000万円、クロコのバーキンに1500万円、マツエクサロンの開業費に1500万円と、1点ずつが千万円単位の買い物を日常的にしていたといいます。
「お買い物デー」として1日で服や時計などを合わせて3500万円使ったエピソードも残っており、稼ぐのも使うのも文字通り「億単位」なのが一条響さんのスケールです。
こうした大胆な消費活動が「お金のかかる女」というイメージをさらに強化し、お客さんが「こんな女性に指名してもらえるなら高くて当然」と思わせる循環を生み出していたわけです。
愛沢えみりとの絆とフォーティーファイブへの移籍
一条響さんのキャバ嬢人生を語るうえで欠かせない存在が、元歌舞伎町No.1キャバ嬢の愛沢えみりさんです。
二人の出会いは、一条響さんが歌舞伎町「ディアレスト」に在籍していた頃にさかのぼります。
当時すでにキャバ嬢として絶大な人気を誇っていた愛沢えみりさんと、お互いにたくさん話をするなかで急速に距離が縮まっていきました。
愛沢えみりさんはキャバ嬢を引退した後、フォーティーファイブのプロデュースを手がけており、ディアレストで働いていた一条響さんを「最後はフォーティーファイブで締めくくろう」と引き入れます。
この誘いを受けてフォーティーファイブへ移籍した一条響さんは、入店後わずか2週間で3000万円を売り上げ、その後も歌舞伎町No.1の座を守り続けました。
愛沢えみりさんは「一条響がNo.1になれることを分かって引き入れた」と語っており、二人の絆と信頼関係の深さがうかがえます。
二人はともに整形を公言していることでも知られており、同じクリニック(ヴェリテクリニック銀座院)で施術を受けていたことも公表されています。
担当医は異なるものの同じクリニックで整形したことで、ファンの間では「双子みたい」「顔が似てる」という声も多くあがっています。
一条響さんは愛沢えみりさんのことを「姉のような存在」と表現しており、公私ともに支え合う家族同然の関係が続いています。
一条響さんが公表している「家族」は、2匹のトイプードル「もずく」と「ふわ」。実の家族については非公開としており、愛沢えみりさんがその代わりとなる「家族同然の存在」として語られ続けています。
プロデューサーとして後輩の成長を見届ける立場になった愛沢えみりさんと、No.1の座を守り続けるプレイヤーとして輝き続けた一条響さん。
役割は違えど、歌舞伎町の夜の世界でともに頂点を目指した二人の関係は、引退後も続いています。
愛沢えみりさんが2024年に出産したことを、一条響さんがSNS上でお祝いするシーンも見られ、プライベートでも繋がりが続いていることが分かります。
また、二人はお互いのYouTubeに度々出演し合っており、業界のレジェンドとして後輩たちに知識やノウハウを発信し続けています。
歌舞伎町というひとつの舞台で交差した二人の人生。本名を竹内眞佑子という一人の人間に戻っても、「一条響と愛沢えみり」という絆は揺らぐことがなさそうです。
引退発表と12年間のキャバ嬢人生の幕引き
2024年8月2日、一条響さんは自身のX(旧Twitter)で衝撃的な発表をします。
「この度、一条響は9月30日をもちまして現役を引退いたします。12年間走り続けてきたキャバクラというお仕事は私にとって全てでした」というメッセージで、12年のキャバ嬢生活に幕を下ろすことを宣言しました。
引退を考え始めたのは30歳になる前くらいからで、いくつかの要因が重なったと語っています。
愛沢えみりさんが出産したこと、新年を迎えて新しいことに挑戦したいと感じたこと、そして誕生日にバースデーイベントを打たないことでキャバ嬢としての役割が終わったと感じたこと、などが理由として挙げられています。
Xのコメント欄には「まさに伝説の存在でした」「間違いなく令和を彩ったよね」「時代の人やね」など、多数のファンからの惜しむ声が寄せられました。
2024年9月30日の引退後は、キャバクラへの関与(どういった形かは未定)、まつ毛美容液やサプリなどの物販強化、配信活動などを続けていく意向を示しています。
プレイヤーとしての一条響さんは引退したものの、実業家・経営者・インフルエンサーとしての活動は続いており、インスタグラムのフォロワーは59万人以上を誇っています。
「億女」として12年間トップを走り続け、惜しまれながら引退した一条響さんのキャバ嬢人生は、多くの女性にとって憧れと刺激のシンボルであり続けています。
引退後の一条響さんはSNSでの発信を継続し、美容・ライフスタイルの分野で影響力を発揮しています。
まつ毛美容液「HBK」やサプリメントなどの自社プロデュース商品の物販、TikTokやYouTubeなど動画プラットフォームへの進出も積極的に進めており、「一条響」というブランドの価値を引退後も高め続けています。
現役キャバ嬢時代に培ったセルフブランディングの技術と、自分を常に磨き続ける姿勢は、実業家・インフルエンサーとしての活動においても存分に生かされているようです。
一条響の本名・竹内眞佑子が確定した理由と活躍まとめ
- 一条響の本名は竹内眞佑子(たけうちまゆこ)と広く認識されている
- 本名判明の発端はFacebookアカウントで一条響のバースデー告知をしていたこと
- 決定的な証拠は2019年オープンのマツエクサロンの商標登録(竹内眞佑子名義)
- かつては女性誌JELLYのブロガーモデルとして「竹内眞佑子」名義で活動
- 生年月日は1992年9月9日、2026年03月10日現在で33歳
- 出身地は福岡県とされ、SNSの投稿がその根拠になっている
- 源氏名「一条響」は同名がいたため上司が勝手に変えたという経緯を持つ
- 「一条」という源氏名はNo.1になれるジンクスがある縁起のいい名前
- キャバ嬢を始めたきっかけは「暇だったから」という意外な理由
- ドリームガールズで東日本1位を取ったことが本気になった転機
- 移籍するたびに1週間以内でトップに立つという驚異的な営業センスを持つ
- バースデー3日間で1億3000万円を売り上げた記録を持つ
- 最高月収は億弱、それが「平均」というレベルの稼ぎを誇った
- 愛沢えみりさんと姉妹のような関係でフォーティーファイブへ移籍
- 2024年9月30日に12年のキャバ嬢人生に幕を下ろし実業家として活躍中

